癖お尋ね読書
大体のあらすじだけでいいのでどなたかおしえていただけないでしょうか?文学的視点とは?だいがくで「ぶんがくてきしてんとはどのようなものか?」というかだいが出たのですが、それについてのレポートがかけません。古今六帖第6かんについて古今六じょう第6巻の3569と3570の和歌をしっている人はいませんか。 「与話じょううきなよこぐし」における、「源氏てん」は「玄冶店」とも呼称されるそうなのですが、 1. 「玄冶店」と「げんじ店」はともにとうじのちめいなどからの由来なのでしょうか? 2. 「げんやだな」と「げんじ店」はともにもともとは、おとみさんのお家という一軒のうちのことを指しているのでしょうか?あのにほんばしこでんまちょうあたりのことをさしているのでしょうか? 3. 「店」は出入りのお「店」とか、「店子」とかいう言葉にもつかわれているようですが、ここの、「げんやだな」や「げんじてん」に共通する意味のことばなのでしょうか? 4. 「玄冶店」と「げんじてん」での「みせ」というのはどういういみなのでしょうか? たくさんのことを分けてかいてありますが、どれからでも、一所でもいいので、どうかおおしえください。お願いします。ぶんがくてきしてんとはなんですか?「源氏てんの場」と「げんやだな」 にて、かんれんのしつもんをさせていただき、すばらしいごかいとうをいただいております。ほんちょう二十ふこうの・・・さいかくのほんちょうにじゅうふこうのいちの三「跡の剥げたる嫁入ながもち」の内容がわかりません!げんぶんを読んでいるのですが、今ひとつわからなくてこまっています。
作者茂み
最近、せいしょうなごんの枕草子についてのぶんけんをよんだ際、せいしょうなごんは、独特のびいしきがあるというきじゅつがありました。 『き』 お前がにゅうがくしたときはまるでかよわいなえぎのようだった。『き』というだいめいの詩むかし、しょうがっこうのたんにん[名取ユウコ 先生]が『き』という題名の詩をおしえて下さり、クラスの文集にのせてあったのでだいじに保管していたのですが、すうねんまえのたいふうで失ってしまいました。 えだもなく、葉もなかった。とうじはぜんぶあんしょうできたのですが、いまとなってはこの程度しか思い出せません。せいしょうなごんどくとくの美意識とはどのようなものなのでしょうか??知っていらっしゃるほう、おられましたらかいとうよろしくおねがいします。 そこで、そのしがのっている詩集めい(できればしゅっぱんしゃなども)か、詩の全文をおしえていただけると助かります。清少納言のびいしきについて清少納言は「おかしの文学」とよくいわれますよね。 やわらかいかんじょうのしげみ。 だが、今日お前を見て、大いなる喜びにむねをうつ。 ・作者はしつねんいたしました。 はりめぐらされた知恵の枝々。 ・詩で覚えているのは最初の部分だけですが、言い回しがまちがっているかもしれません。
百間犬
この場合、ふつうのちゃみせではなく博覧会の唯一残るきねんとしてえがかれているのにはどういう意味があるのか。この時代の人のきょうつうにんしきとして「雑木林」はなにを意味したものなのでしょうか?私は時代性はよくわかりませんが「異郷かんをかきたてるもの」とかいしゃくしたのですが・・・このすじで行けば「スペインいぬ」もいきょう感を掻き立てる、しさするために「スペイン」犬でなければならなかったのかな、と思うのですが・・・実際はどうなのでしょう。なぜろうばは身投げきゅうじょでえたお金を銀行貯金などではなく「郵便貯金」したのか。このふたつは自分にはどうも分かりません・・・。じぶんなりに考えてもしらべてもこたえがでないのでどなたかどれかいちもんでもいいので教えてくださればさいわいです。以上とはちがう作品ですが、うちだもんま「冥途」・・・「茶店」「郵便貯金」をコンテクストとして読み解く。佐藤はるお「西班牙犬のいえ」とうちだもんま「めいど」について「すぺいんいぬの家」・・・このはなしにでてくる「雑木林」と「スペインいぬ」をコンテクストとして読み解く。
ご存知研究
トーマス・マン研究についてトーマス・マンがカフカと双璧あつかいで甚だけんきゅうされていると伺っているのですが、わたしはしょうらいマンをぜひともけんきゅうしゅだいにしたいので、マンをけんきゅうするうえで、マン文学のまだみかいたくのりょういきや、マンとかんれんづけるとごくきょうみぶかいようなほうめんがどうしてもしりたく存じます。どなたかご意見がございましたら、じょげんいただけないでしょうか。感情の成熟にしたがって、やさしくて、よわくて、かなしんでいた心に、清冽な、はんこうてきなえどしきのかんじょうの力がますますつよくなってきた。しつもん(1)「江戸式の感情」はどんなかんじょうですか。たんごのいみがわからないのですが、ごぞんじのほう教えてください。いちようのこころにつよさができたのである。